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高松高等裁判所 昭和35年(ネ)284号 判決 1961年10月25日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人は控訴人に対し別紙目録記載の土地をその地上にある同目録記載の建物を収去して明渡せ、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め(原審における請求の趣旨のうち損害金の支払いを求める部分は被控訴人の同意をえて取下げた)、被控訴代理人は主文と同じ判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において次のとおり附加するほか、すべて原判決の事実摘示と同一であるから右記載を引用する(もつとも損害金に関する部分は不用になつたので除外する)。

控訴代理人の陳述 (1)本件建物については被控訴人の長男西村功所有名義の保存登記がなされている。しかし右登記は偽造ないし虚偽の申告書類にもとづいてなされ登記の形式的要件を欠く無効なものであるのみならず、実質的にも実体上の権利関係に符合しない無効な登記である。つまり被控訴人の主張によれば本件建物は当初から被控訴人の所有であるが、登記名義だけその長男功所有名義にしているに過ぎないというのであるが、もし右登記が功の意思によるものとすれば所有権を有しない者が所有権保存登記を申請して登記せられても何ら法律上の効果を生ずるものではないからその登記は無効である。もし功が全然関知しない登記なら形式上と実質上の両面からして無効である。右のことは通謀虚偽表示の理論によつても当事者間で無効なことはもとより第三者もその無効を主張しうる。なお、控訴人が右登記が実体上の権利関係と符合しないというのはその登記の当初から引続き現在に至る間のことである。(2)原判決の理由のうち「自己の健康が回復した時は今後共これを自己所有のものとしてその使用収益を継続することは勿論であるが、万一の場合を考慮し……右建物を一応未成年の長男功所有のものとし、且つ同人をしてその旨の登記を受けさせる意思を有していたものと看るのが相当で」あるとしているが、それによると、被控訴人は右登記に当り功への条件附贈与をしたと認めるのであろうか、またその後功から被控訴人へ何時か所有権が戻つたとするのであろうか、疑問を生じさせるのみならず、功が本件建物の所有権を取得したと認めうる証拠はないし、その上被控訴人は本件建物が被控訴人の所有でただ登記名義のみが功になつていることを自白しておりその撤回については控訴人が異議をのべてあるにもかかわらず功の所有を認めるのは右自由の撤回を許すことになり違法である。なお本件建物の保存登記のとき一時的に或いは一応功に所有権を移したと認めたものとも解せられるが被控訴人はかかる主張をしていない。

証拠(省略)

理由

一、控訴人が別紙目録記載の土地を所有していること、被控訴人が右地上に同目録記載の家屋を所有して右土地を占有していること、被控訴人は右家屋をはじめ昭和二一年から翌年春にかけて建坪約一三坪の木造平家建家屋として建築しその後昭和二九年七月に階下約七坪階上約七坪二合九勺の増改築をして現在の姿にし、それを一棟として昭和三一年一一月一四日当時未成年(成立に争いのない乙第一号証によると昭和一五年一一月二四日生)の長男西村功名義で保存登記をしたこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第一号証によると控訴人は右土地を昭和三一年一一月二四日に交換により取得し同年二七日その旨の登記を経由したことが認められる。

被控訴本人尋問の結果によれば、同人は右家屋の保存登記の当時胃を害して手術をすることになつており或いは長くは生きられないかもしれないと思つていたので右家屋を長男功の名前にしておけば後々面倒がないと考え同人には無断でその所有名義に登記したことが認められる。そしてその頃被控訴人と長男功(当時一五、六才)とが家族として共同生活をしていたことが弁論の全趣旨から推認される。

二、成立に争いのない乙第二号証、乙第八号証の一ないし八と証人伊藤悦次の証言および被控訴本人尋問の結果とを綜合すると、被控訴人は昭和二〇年一〇月下旬頃その父西村鉄五郎を代理人として当時本件土地を所有していた訴外鮒田恒一と話合つて同人から右土地を建物所有の目的で期間の定めなく賃借し、その借地権にもとづき前記家屋を右地上に建築したことが認められる。右認定に反する証拠はない。

三、叙上の事実関係にある場合、すなわち被控訴人がその借地上に氏を同じくする未成年の長男功名義の登記がある家屋を所有している場合には、ともに同じ家族に属し共同で右家屋や敷地を利用する関係にあるから、被控訴人の借地権は右家屋の功名義の登記によつて被控訴人が自己名義の登記ある家屋を所有する場合と同様に公示されていると解し、被控訴人は右借地権をもつて前記家屋の登記後に右土地の所有権を取得した控訴人に対して対抗しうると認めるのが相当である。なぜならば、右土地の取引をなす者(本件では控訴人)はその地上建物の功名義の登記によつて功かそうでなければその家族この場合は被控訴人が右建物を所有しうべき借地権その他の権原を有することを推知することができるからである。その理由は相続人が地上建物について相続登記を経なくても被相続人名義の登記のままでその敷地につき借地権を対抗できる(昭和一五年七月一一日大審院判決)のと同じである。なお本件において家屋が被控訴人名義で登記されている場合と功名義で登記されている場合とで第三者がその敷地につき借地権の有無、建物の登記の有無を知るのに難易の差があろうとは思われない。控訴人引用の大審院判決の説示は原則的にもとより正当であるが本件の場合のように家族的共同生活の事実にもとづき功名義の登記を被控訴人名義の登記と同一視する特殊例外的な事例を認めない趣旨とは解しえない。なお当裁判所が何人の名義に登記されていてもよいというのではないこと勿論である。

四、さらに控訴人は本件における功名義の保存登記が形式的ならびに実質的要件を欠く無効の登記であると主張する。しかし上述の事実関係においては、功名義の保存登記は実質的には被控訴人名義の登記があるのと同じであるとみるべきであり、したがつて功名義の登記は実体上の権利関係と実質的に符合するものと言うことができる。しかもその登記申請手続は家屋の所有者たる被控訴人の意思に出で、功名義の委任状(甲第六号証の三)はその登記目的にそつて作られ証明書や調査書(同号証の四、六)等も登記名義を功所有とするということを功の所有と表現して作られたものと解せられ、いずれも虚偽又は偽造の文書とまで言うにはあたらない。つまり本件における功名義の登記は形式的および実質的の有効要件を具備する有効な登記と認めるべきである。控訴人のこれと反する見解はすべて採ることをえない。なお控訴人は当審で附加した陳述(2)において原判決の認定判断につき述べているが当裁判所は原判決と異なり被控訴人が本件建物を終始所有し一度も功に所有権を移転していないと認めるので、右陳述については応答の要をみない。

五、要するに原判決の結論は正当であつて本件控訴は理由がないので棄却すべきである。よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第九五条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

目録

一、土地

松山市北夷子町二八番地

宅地 三四坪二合三勺

(実測 三三坪六合二勺位)

二、建物

右地上にある

家屋番号 同所第二六番の二

居宅 木造セメント瓦葺二階建

(下一八坪三合一勺、上七坪二合九勺)

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